感想ブログなんてものをしているわたしだけど、実は読んでも感想を書かない場合もあって。
まず、読んだことがある作品の感想は書かない。それと、自分にとって個人的で大切な作品は、感想を書かない。
二度目を読むってことは大切な作品であることが多いので、感想を書かない理由としては一つなんですね。大切な作品は、感想を書きたくないんです。自分の心の裡に秘めておきたい。完璧に伝えられないなら、自分だけのものにして、自分だけがわかっていればいい。
『バッテリー』も感想を書かないつもりでした。でも、大切だからって感想を書かないのは、もうやめようかな、と思って。
わたしは言葉が拙いし、言葉にできないことが本当に大事なことだと思っているので、自分の気持ちを下手に言葉に変換して固定したくないという思いがどうしてもあります。固定してしまったら、そこに自分の思いが囚われて閉じ込められてしまうと思うから。
それに、大切な思いであればあるほど、他人にさらすのは怖い。傷つけられるかもしれないし、誤解されるかもしれないし、ちゃんと伝えられないかもしれない。
だけど、『バッテリー』を読んで、それじゃいけないと思った。言葉を尽くして、どんなに不器用でも、自分の気持ちを外に出そうと思った。
巧の心情がどうだとか、豪の変化がどうだとか、そんなことは語らなくてもいい。読めばわかることだから。
とりあえず、言葉にできないままでもいいから、記そうと思う。
読んでいるあいだ、心がぐちゃぐちゃになったこととか。最終章は、緊張が高まり過ぎて息ができなかったこととか。最後の一文を読んだ瞬間、泣いてしまったこととか。
なんか……いま、読めてよかったかも。
子どものころにⅠ巻とⅡ巻は読んでいた。だけどローマ数字がわからなくて、それ以降は読んでいなかったんだよな笑。
それと、姉がこの小説を大好きで、一番好きな小説だと言っていて。なんだか『バッテリー』は姉のものだという意識があったから、手を引いていた。あさのあつこ作品はたくさん読んでいるけど、『バッテリー』には手を出していなかった。
姉はこの小説を誕生日プレゼントかクリスマスプレゼントで一冊ずつ買ってもらっていた。うちは貧乏で、無尽蔵に本を買い与えられる環境でもない。姉のほとんど唯一といっていい蔵書だったかもしれない。
小さい頃、わたしの母親は暴力がひどくて。キレると叩くは殴るは物でぶつわ、大変でした。他にもいろいろされたけど、あまり覚えていない。だから、忘れていたんだけど。
ある日キレた母親は、姉が大切にしていた、姉が一番好きな小説である『バッテリー』を、ビリビリに破いたんです。破いたどころの話じゃない。破壊されました。徹底的に。修復なんてできないくらいに。6冊あるうちの何冊が破かれたのか、わからない。聞けなかった。
気が強くて反抗的な姉が泣き叫んでいたのはおぼろげながら覚えているけど、思い出したくない。
そっか。このことがあったから、読まなかったのかもな。そのことをずっと忘れていて、Ⅵ巻を読み終わる頃に思い出した。
本を傷つけられると、その本が大事であればあるほど、読めなくなるんだよな。小さい頃のわたしが一番好きな本は『ハリー・ポッター』だったんだけど、家の雨漏りで濡れてしまって、そのことがショックすぎて読めなくなってしまって、結局最後まで読めたのは最近になってからだった。
やっぱり、子どものとき、『バッテリー』を読んでいなくてよかった。もし読んでいて、目の前でその本が引き裂かれてしまったら、何かが壊れてしまっていたかもしれない。
いま、このとき、読めてよかった。
自由で、ひとりで、だれかに脅かされることも、遠慮することもなく、わたしはこの本が好きだと言える。一万円する全巻セットも買える笑。
自分のなかにだけ閉じ込めないで、全世界に向けて、胸をはって言おう。
『バッテリー』が好きだ。大好きだ、と。
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