『ミッドサマー』を彷彿とさせるシーンが多々あったけれど、制作会社がA24だからなのか、それとも狙っているのか判じがたい。
映像美が素晴らしいけれど、その美しい映像と交互に映し出されるのが「男性の不快さ」なんだよなあ。
男性の被害者意識、加害性、陰湿な報復、自分勝手な身の破滅、無意識の差別、女性を性的に求め、種を残そうとする本能。次から次へと「男性の不快さ」が繰り出される。それも巧妙で奇妙なやり方で。
なんだか頭がこんがらがってる。ちょっと整理しよう。
まずはあの衝撃的なシーンから。
男性出産……!? あれは男性性の再生産という理解で合っているだろうか。「男性の不快さ」は男性によって何度も何度も生産される、ということ? 世代を超えて、男性は同じ男性を生産し続ける……。
同じ顔の彼らは両性具有ではない。なぜならタンポポの綿毛が暗喩しているものは精子だから。その綿毛=精子を取り込んでしまったハーパーはどうなるのか?
もしかして……ラストシーンでライリーが妊娠していたのはどういうわけなのか考えていたんだけど、ハーパーの妊娠を暗示している?
それともこの映画……。もしかして、村の男たちが同じ顔に見えていたのはハーパーだけだった? だから最後に生まれ落ちたのが一番のトラウマである夫だったのだろうか。
そうか、だから女性の顔はあの男ではなかったのか。
うーん。そう考えるとハーパーが狂っていたということになるのだけれど、邪教の信仰はどうなる? あの一連の恐ろしい出来事は葉っぱに顔が覆われた邪神が、対となる女性を求めていたという説明もできる。
いやいやでも、やはり同じ顔の男たちが腕を裂かれ内臓を出され足の骨を折った姿=夫の死に様に近づいていったことを考えると、あの悪夢のような出来事はハーパーに強く関係しているということだ。
でもなあ。車が実際に破壊され、地面には生々しい血の跡が残っている現場、あれはどう捉えたらいい?
いや、これは論理的に考えるのは無粋なのかな。もう考えるのはよそう。
それにしても、ところどころで発揮される女性の狡猾さというか冷淡さというか……残酷さにはヒヤリとしましたね。
郵便受けから差し伸べられた手を取ったハーパーは次の瞬間にはナイフを突き立てた。
神父に洗面台に押しつけられ力を抜いたかと思えば次の瞬間には剣の切っ先を腹に突き刺した。
産みの苦しみに悶え苦しみながら自分を求めて近づいてくる男を軽蔑した冷めた目で見て、次の武器である斧を取りに行く。
男が同じ男でしかいられないことに苦しんでいるのに、ハーパーは軽やかに次の武器を携えて、その刃の切れ味を指先で確かめている。
この映画は「男性がいかに醜いか」だけじゃなくて、「女性に破滅させられる男性がいかに醜いか」を描いているんじゃないかな。
女性が持つ支配力に抗えない男性の悲嘆。彼らは全力で生命を賭して女性に受け入れてもらおうとする。禁断の果実を得るために。
禁断の果実は女性には簡単に手に入れられる。ハーパーは屋敷についたとたんに枝からもぎ取ってその果実を味わった。だけど男性が手に入れると速攻で警察に捕まり「縛り首にしろ!」と言われるのだ。
それにしても……なんだかセックスの暗喩にまみれた映画だったな……。そしてこれほどモザイク処理に感謝した映画はないかもしれない笑。
でも、あんなに凄惨なシーンがあったわりには驚かせ方も過剰じゃないしグロシーンはもう突き抜けて逆に迫力があって、観終わったあとは不思議とスッキリしてます笑。
一人で観る分にはいいけど、誰かと一緒に見たらちょっと気まずいかも……? いや、ちょっとどころではないか……。まだ観てない方はお気を付けください。
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