2024/09/28

映画『落下の解剖学』感想

Twitterでおもしろいと紹介されていたので観てみた。たしかにおもしろい。

そっか……。こういう終わり方をするんだ。最後に真実が示されてどんでん返しするのかと思いきや、現実と同じ終わり方なんだ。いろんな状況証拠から推測するしかない。真実はサンドラにしかわからない。

サンドラが夫を殺したのかどうか、観客が判断するんだ。裁判で示された証拠をもとに自分が納得できるものを選択する。作中でマージとダニエルが話していたように、判断できない二つの事柄がある場合、どちらを選ぶか心を決めなければならない。

なのでこの映画は観客自身の判断に基づいて、その内容を変えるんだ。観客がサンドラが夫を殺したと考えるなら有罪を危うく免れて無罪になった映画だという見方をするし、サンドラの無罪を信じるなら正義が正しく執行された映画になるだろう。

わたしはどうかな……。サンドラが夫を殺したか? わたしは殺していないと思う。弁護側の血痕の専門家の話に説得力があったから。だけど心のもう一方では、サンドラが夫を殺したと思っている。だってその方が映画としておもしろいから。

不思議な映画だな。なんかちょっとシュレーディンガーの猫の話を連想する。アナロジーとして成立しているかわからないけど。箱を開けない限り、猫が生きている状態と死んでいる状態が同時に存在している。

サンドラの心がわからない限り、夫を殺した状態と殺していない状態が同時に存在して……いる。よね? 裁判で示された客観的事実と状況証拠が必ずしも真実とは限らないから。

ふむ。おもしろい。そうだよね……。現実っていつもこうだよね。外から判断するしかないし、それを決めるのは人の心だ。

あと、この映画に深みを与えている要素として挙げられるのが、サンドラがトリリンガルであることと、小説家であることだよね。サンドラはドイツ語とフランス語と英語が話せる。そして、現実に起こったことを題材に小説を書くフィクション作家である。

裁判中、サンドラは最初はフランス語で話していたけど途中から英語になって、通訳が挟まり裁判は進行した。ここで言葉のやり取りが曖昧になってしまった。そしてまた、彼女の小説が証拠として持ち出されたことでフィクションというフィルターがかかってしまった。

そうか。この映画の事件って、事実を覆い隠すいろいろな要素がヴェールのように重なっているんだ。言語と小説だけでなく、息子の視覚障害もヴェールになっているし、夫が録音していた音声も、小説家志望の夫の創作の資料だったから真実への決定打にはならなかった。

あと、個人的に一番おもしろかったのは口論の内容。あれってさ……夫とサンドラの立場、一般的なステレオタイプだと男女逆だよね。

一方は障害を持つ子どものために時間を割き家庭のために自己犠牲的になり感情的になって相手を責める。もう一方は落ち着いて理路整然と話し自分の仕事はしっかりこなし相手も好きなようにやればいいと突き放す。これって、ステレオタイプだと前者が女性で後者が男性じゃない?

サンドラは冷徹な仕事人間、夫はパートタイムで働き家庭のために尽くして自分の人生を奪われたように感じている。一般的な男女の役割が逆になっている。ここにも事実を覆い隠すヴェールがある。

結局、サンドラは夫を殺したのかな……。殺してないのかな……。このふたつの事実が同時に存在しているのって、最初は気持ち悪かったけど、いまやクセになってる。

そして、サンドラと弁護士の関係も気になる……。あれっきりだったのか、それとも進展はあるのか……。

考えることが尽きないですね。いい映画でした。

2024/09/24

ドラマ『ビッグバン★セオリー』感想

わたしが一番好きなドラマ、『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』の三周目を観終わりました。全12シーズン、279話。

はじめてこのドラマを観たとき、おもしろすぎて一周目が終わった瞬間に二周目突入してあっという間に観終わった。でもそのときはファイナルシーズンだけ配信してなくて、やっと今回の配信で最期まで観れた……。

観終わってすぐに、もう一回ファイナルシーズンだけを観ました。一回しか観ないのはもったいなくて……。ラストが良すぎてね……。レナードとビバリーの和解、シェルドンのスピーチ……。涙なくして観れなかった泣。

このドラマ、何がいいのか語りたいけどいいところしかなくて語りようがないんだよな。キャラもみんな好感がもてるしそれぞれにおもしろいし、ギャグもストーリーも最高。

個人的に好きなところはいろんな作品をいじっているところで、このドラマで言及してたおかげで観た作品もある。たとえば『LOST』とか触りだけちょこっと観てみたり、スターウォーズをちゃんと観なくちゃなあと思って観たり笑。このドラマを観るうえでスターウォーズって必修科目みたいなものですよね……。

自分も観ている映画の評価がドラマ内での評価とわりと一致してたりして、それもおもしろかったんだよな。バットマンからアベンジャーズ、はてはマンマ・ミーア! まで網羅してたし。

主役の四人はもちろん大好きだし、女の子たちも好きだし、脇役も好きで、もう嫌いな人はいないくらい。

そのなかでも個人的な性癖に刺さりまくる人がいて……。なんとそれがですね、信じられないかもしれないですが、バリー・クリプキなんです。いやあ、クリプキ好きなんだよなあ。あの顔が好きでね……あと、あの横柄で鼻持ちならないキャラがね……滑舌が悪いところもかわいく思えてきて……。

はあ、観終わってしまうとさみしい……。最高のドラマなだけに、ずっとその世界に浸っていたいよ……。救いを求めて視聴してみた『ヤング・シェルドン』は not for meだったし。

でも、次に観るドラマはもう決まっている。ドラマ内でも言及されてた『グレイズ・アナトミー』! どうやらおもしろいとの噂を聞いたので、次はそれを観ます。楽しみ。

2024/09/23

映画『ファーゴ』感想

うわああああすっっっごくおもしろかった――!! え!? ちょっと待って、え? めちゃくちゃおもしろかったんだが……?

え? どうしてこんなにおもしろかったんだろう……。うわー、なんだろ、わたしの拙い分析力ではこの映画のおもしろさを上手く批表現できない……。とにかくおもしろかった。

なんか……最近映画を続けて観れない、集中力が続かないって悩んでたのが嘘みたいだ。98分があっという間だった。一度たりとも集中が途切れることなく、最後まで見通すことができた。

夕方6時ごろから観始めて(終わるのは8時ごろかあ……長いなあ、疲れないかな、ちゃんとおもしろいかな)と不安になりながら観始めたんだけど、あまりにも時間が飛ぶように過ぎたものだから困惑している。体感数分だったんだけど!?

サスペンスも確かにあったんだけど、どこかコメディチックだったからかな。わたしコメディ好きだし……だからこんなに好みなのかな。俳優がとにかくいいよね。ミネソタ訛りかな? みんなあの話し方ですごく良かった。

俳優も良かったなー……。マージ役のフランシス・マクドーマンドとカール役のスティーヴ・ブシェミが全体のトーンを軽やかにしてくれて、人がバンバン死ぬし残酷なシーンもあるのに重苦しい雰囲気にならなかった。

冒頭にノンフィクションだとか言ってたし死人が出るとか言ってるし覚悟して観始めたんだけど、拍子抜けというか……いい意味でね! しかもノンフィクションじゃないんかい! わかりにく! 信じる人いるでしょ。

いやはや……めちゃくちゃ最悪なことがドミノ倒しに起こっていって、あれよあれよという間に最悪の結末になってしまった。でもそれが心に重くのしかかることはないんだよね。ふざけているわけではないんだけど、どこか抜けているんだよな。

体感数分だったわりにはいろんなシーンを細かく覚えている。ジーンがキッチンで子どもに小言を言っていたり、カールとゲアを止めた警官の顔がよく見えなかったり、ジェリーが事務所で一生懸命何かを書いていたり。こういうささいなシーンが印象に残る映画って漏れなく傑作なんだよね。

コーエン兄弟、名前は知っていたけどこんなにおもしろい人だったとは……。もう完璧におもしろくて何も言うことがない。今日の感想はこれで終わりです。

コーエン兄弟の他の作品も観てみよう。でもさすがにいつもこんな作品を作っているわけではないよね? あまりにもおもしろすぎるよ。うわー、もう一回観たい。忘れたころにもう一回観よう。

映画『アナザーラウンド』感想

Wikipediaを読んで知ったけど、これってコメディ映画だったのか。雰囲気がそこはかとなく暗いから、どんなディザスターが待ち受けているのかと怖くて三日に分けて観た笑。デンマーク映画ってもしかして暗いのが普通なのかな。それともコメディの感覚がちょっとズレているのか。

わたしは気持ちがどん底に暗くなる映画を避けているから過剰に警戒してしまった。邦画や韓国映画を避けているのはこの理由による。救いようのない展開や露悪的なリアルは観たくない。この映画もその類かと危惧してたけど杞憂に終わった。

この映画、批評家の評価は高いみたいなんだけど、わたしはそれほどでもなかったな……。ただマッツ・ミケルセンが観たかったというミーハーな気持ちで観ていたからかもしれない。

映画の結末を観て、アルコールに対する態度がどっちつかずに感じた。人生に向き合おうとする時、アルコールはどのように作用するか? 映画の後半では悪影響を与えると描写していると思いきや、ラストはアルコールを肯定的に捉えている。

でも、よく考えてみると本質的にお酒ってそういうものだよね。お酒はナイフと同じで、それを上手に扱う人には便利なもので、振り回される人にとっては災いになる。それを上手く描いているのかもしれない。

マーティンが家族を失いかけたのに比べて、同僚は夫婦の危機を乗り越えたと言っている。同じ実験に参加した者なのに、その結果はまったく違っている。マーティンも言っていたように、小さなことが結果を大きく変えていくんだろうな。

だから、アルコールを悪だと結論づける必要はまったくなくて、ラストシーンのように人生の祝祭を彩るものとして描かれたのはよかったんだろう。

マッツ・ミケルセン目当てで観ていたわたしからすると、ダンスをするミケルセンを観られただけでもう満足。監督にありがとうと言いたい。ミケルセンがもともとダンサーだったことを活かしてくれてありがとう。

でも思い返してみると、シンプルながらも考えさせられる映画だったな。アルコールに依存しがちなわたしからするとさらにその思いは強まる。

わたしは鬱の時期はアルコールを毎日飲まないと落ち着かないし、気持ちを高めてくれるのは飲酒タイムしかない。一日落ち込んでいるよりも、たったひとときでもアルコールで気持ちよくなりたくなる。

小説を書いていたとき、小説に向き合うのが怖くてお酒なしでは書けないこともあったし、お酒で調子を良くなるから飲みながら書いていたこともあった。お酒のことを考えると飲まずにはいられなくて、深夜だろうと早朝だろうと買いに行ったこともあった。

はあ……。こうしてお酒のことを書いていると、しこたま飲みたくなってくる。一応自制はできていて、ビール500ml一本しか飲まないようにしているんだけど、飲もうと思えば6缶パックもペロリと飲んじゃう。というか、それくらい飲まないと飲んだという気がしない。

うわ、飲みたい……。したたかに飲んで、しっかりと酔っぱらいたい。ビール一本で酔えないし……。

わたしもひとつ間違えたら、アルコール依存症になるんだろうな。そしてトミーのように海に落ちて死んでしまうこともあり得るんだ。

日々の生活って一本の綱の上を渡っているようなもので、バランスを崩したら下に真っ逆さまなんだよな。そんな恐ろしいことをしているから、すべてを忘れてアルコールに縋りたくなる。だけどアルコールのせいで足元がおぼつかなくなる。

バランスなのかな……何事も。でも、たまには、映画のラストのマーティンのように、お酒を飲んで空を飛べるような気持ちになりたい。

今日はすこし多めにお酒を飲むことを許そう。なんの祝祭でもないんだけど、たまにはそういう日があってもいいよね。

2024/09/19

ジェーン・オースティン『いつか晴れた日に』感想

やっと読み終わったー……。時間かかったなあ。

ジェーン・オースティンの作品は『高慢と偏見』と『エマ』しか読んでなくて、その二つがとてもおもしろかったから『いつか晴れた日に』を読んだんだけど。

なんというか、先述の二作品が作家として成熟した時期に書かれたものなんだろうなあというのがわかった。訳者あとがきでも、『Sense and Sensibility』は実質的に処女作にあたるとのこと。内容も文章も物語の力も、その類まれなる才能の萌芽は感じるものの、『高慢と偏見』のような高みにはまだ至っていないかも……。

わたしが読んだのがキネマ旬報社から出ている翻訳で、おそらく映画に関連して出版された書籍だと思う。ずいぶん昔に『いつか晴れた日に』の映画は観ているんだけど、内容をぜんっぜん覚えていない……。

というか、どうしてタイトルを『いつか晴れた日に』にしたんだろう……?『分別と多感』のほうがかっこよくない?『高慢と偏見』だってタイトルを変えたら途端に話題になったんだから、オースティン作品を映画化するならタイトルの重要性を理解していそうなものだけど。

そもそも『Sense and Sensibility』がエリナとマリアンのことなんだから、タイトルが二人を象徴するものであったほうがいいじゃん。なぜ『いつか晴れた日に』にしたんだ。物語の内容とも関係がないし。なんかよくわからないセンスだな。

オースティン作品でなにが楽しみかって、主人公が誰と結婚するかということですが……。わたしは……エリナとブランドン大佐に結婚してほしかった……っ。だって! エドワードはあのルーシィなんかと婚約してそれを解消できないようなヤワな男じゃないですか!

エドワードの優柔不断さのせいでエリナがどれだけ苦しんだか考えると、エリナがエドワードを愛していようとエドワードにエリナを任せたいと思えないよ。 

エリナのそばにいてずっと励まし同時に励まされていたのはブランドン大佐だし……。そもそも、いくら昔の恋人を思い出させるからって感情的なマリアンを好きになるなんて、ブランドン大佐もよくわからないよ、エリナのほうが絶対に気性が合ってるじゃん。

ちょっとなあ。結末にあまりカタルシスを感じることができなかった。あと、途中のくだりが長い長い……。エリナとマリアンがロンドン滞在中はやっとおもしろくなったけど、正直そこにいくまでは読むのに苦労しました……。

『高慢と偏見』も長いのに、まったくそれが苦にならなかったどころかぐいぐいひっぱられてすごいスピードで読み進めていったことを考えると、『Sense and Sensibility』はやっぱりストーリーが読者をひっぱる力が弱いのではないかな。

いやでも、恋愛小説をまったく読まないわたしがわりと楽しめたのだから、佳作といえよう……。というか、比較対象が『高慢と偏見』だから、分が悪すぎるというのもあるよね笑。『高慢と偏見』を超える恋愛小説はもうないのかもしれない……。 

というわけで、期待が非常に高かった故に、ちょっと残念……。これでへこたれずに他の作品を読んでみよう。絶対にこの小説よりは完成度が高いはず。

2024/09/12

映画『バビロン』感想

うひゃあこれ、金かかってんなあ……。そして制作費を回収できなかったのも頷ける。これは……これは駄目でしょう……。

監督はデイミアン・チャゼルか。だから金を引っぱってこれたんだろうな、この過激な内容で……。まさに野心作だね。映画の枠を打ち破りたい、映画が大好きだ!! って気持ちはちゃんと伝わった。

オープニングの怒涛の映像には圧倒されたんだけどなあ。後半もなかなか集中力を保てたんだけど。でも。でも。長いって……。さすがに三時間は長い。申し訳ないけど、二日に分けて観させてもらいました。

この映画を映画館で観た猛者に感想聞いてみたいな。上流階級のパーティにネリーが出席するシーンなんて恐ろしく退屈で観ていられなかった。もちろんそれはハイソサエティのくだらなさを強調するために意図してつまらなくしていたんだろうけど。ふふ、あのものすごい嘔吐噴射はびっくりしたね。

三時間かあ……。おもしろかったけど、ぶっ続けで観ることはできなかったな。残念。いやはや、疲れるんだよね、この映画。半分褒め言葉です。台詞も多いし情報も多いし緊張もするしで、体力のないわたしには三時間耐えられなかった。

後半はものすごい緊張の連続でしたね。たとえばコンラッドがパーティでフェイと話したあと、階段を上がってボーイに金を渡したときからなんとなく不穏な空気を感じて、廊下を上機嫌で歩くコンラッドに「まさか……」と嫌な予感が増していって、本当に自殺したのはすごかった。

上機嫌で歩くコンラッドの背中を映しているだけなのに、これから自殺することを観客に伝えることができるのすごいですよね。そっか、その前のフェイと話すコンラッドの表情を丁寧に映していたときから、ほのめかしは始まっていたんだ。

あとひとつ、背中で悲しい運命を予感させててすごいなと思ったシーンは、メキシコに逃亡するためにマニーが仲間を呼びに行ったとき、車で待っていたネリーが小さく踊りながら暗闇に消えていくシーン。あそこはいつネリーが殺されるのか戦々恐々としていた。結局、彼女はそのまま行方不明になって後にオーバードーズで死んだわけだけど……。

ネリー……。彼女に嫌気がさして、最後まで通して観れなかったところがある。彼女がもう少し許せるキャラクターだったら、不快感が少なかったのに。乱暴でヤク中で自己中で破壊的な彼女を好きになることができなかった……。

しかし、この映画の嵐のような怒涛の展開はネリーの破天荒さが必要だったわけで。仕方ないよね。マーゴット・ロビー、演じるの大変だっただろうな。彼女はよくやったよ。

なんだか、この映画観たら毎日仕事いってセコセコ働いてるのが馬鹿らしく思えてきちゃいました。日々の生活も放棄したくなる、それくらい力のある映画だと思う。前半観ただけでめっちゃくちゃ疲れたってのもあるのですが。

疲れたし、ネリーも不快だけど、この映画のことを嫌いになることはできない……。だって、冒頭にも書いたけど映画をどうにかしたい、って思いを感じるし、実際にこの映画でどうにかしようと試行錯誤しているし、それは映画を愛しているからだってのがわかるから。

デイミアン・チャゼルにはこれからもいろんな作品を撮ってほしいな。この『バビロン』の興行的失敗に負けずに……。

2024/09/10

『日本怪奇小説傑作集1』感想

夏真っ盛りのころ、図書館の一角でホラー小説特集をやっていたので、借りてチマチマと隙間時間に読んでいた『日本怪奇小説傑作集1』、初秋になってやっと読み終わりました。

おもしろかったな……。けっこうぞっとする話もあれば、拍子抜けの話もありましたが、それがまたホラー小説の妙といいますか、そういうものを感じてよかった。そのリアルな肩透かし感が本当にあったことのように思えて、それがまたいいんですよね。

小泉八雲にはじまり、泉鏡花、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、芥川龍之介、江戸川乱歩、川端康成などなど総勢十七名の小説家の作品が載っている豪華なアンソロジー。

いや、小説家ってすごいすごいとは思っていたけど、ホラーを書かせるとそのすごさが身に染みてわかるね。だってさ、夏目漱石の作品なんて三ページしかないのに、きっちりぞーっとしましたもん。すごかったなあ。

このアンソロジー、有名作家が名を連ねているんだけど、意外なことに一番印象に残っているのはそういう錚々たる小説家の作品じゃなくて、寡聞にして存じ上げていなかった大泉黒石の『黄夫人の手』だった。

この作品、読みにくいというわけじゃないんだけどなぜか手こずって、読み終えるのに時間がかかったからよく覚えているんだと思う。他の作品と比べると量も多いし。話の内容としてはそんなに怖くはなかったんだけど、情景が脳にこびりついている。

ある友人がきっかけで中国人社会に迷い込んだ少年が不気味な体験をするという話だったんだけど。うーん、感心するほど小説の細部を覚えているなあ。大泉黒石か……。他の作品も読んでみよう。

他に印象に残ったのは村山槐多『悪魔の舌』、岡本綺堂『木曾の旅人』、大佛次郎の『銀簪』。いままで読んだことのない作家の作品がおもしろいと感じた。

このアンソロジーは全三巻で構成されているらしく……。しかも、1902年から1993年にかけての90年間にわたる作品が各巻ほぼ30年ごとに配分されているとのこと。驚くべきことに、意図してそうなったわけではなくて、これぞという作品を集めていったら自然とそうなったらしいです。すごいですね。

夏は怪談でしょ、と思って読み始めた本ですが、秋の怪談もオツかもしれませんね。次巻があったら借りて読んでみよう。

映画『フリー・ガイ』感想

ほえー、おもしろかった。わりと有名だしおもしろいんだろうなーとは思ってたんですが、食指が動かなくて観てなかった。

なぜ食指が動かなかったのか、なんとなくわかる。この映画……欠点がなさすぎる。ど真ん中でおもしろいから、感想の抱きようがない。

いや、今はうつっぽくて心の働きが弱まっているから、感想が出てこないのかな。ちょっとそこらへんはわからないんだけど。

ライアン・レイノルズをはじめとした俳優陣はいい演技してるし、話の筋もおもしろいし、観終わったあともスッキリする。まじでひっかかりがない……。

他のゲーム作品からひっぱってきたネタがあるんだろうけど、わたしはゲームに疎いのでわからなかった……。残念。

クリス・エヴァンスが出てきたときはお得な気分になった。いい子ぶっていないクリス・エヴァンス、いいよね……。Sワード使ってた……うふふ……。

思いのほか脳に負荷がかかったのが、悪役アントワンの話し方。あのアクセントはなんだ? めちゃくちゃストレスだった。うっ、思い出しても不快な気分がよみがえってくる……。

この映画はディズニー+で観たんですが、子どもが観ても安心な映画ですね。文句なし、お手本的のようないい映画。

ダ・ヴィンチ・恐山さんがラジオで「傘の倒れ方はいくつもあるが、傘が立っている状態はひとつしかない」みたいなことを言っていました。たしか作品を褒めるときの話だったような気がする。

まさしくこの作品は「傘が立っている状態」。そういうときって、特に言及することないですね。

でも、同じく完璧におもしろくて似たような作品で『レディ・プレイヤー1』がありますが、あれは大っっっつ好きなんですよね。めちゃくちゃ大興奮したし大号泣したし元ネタがわからなくてもワクワクした。ゲームぜんぜんしないし興味もないのに。

レディ・プレイヤー1』と『フリー・ガイ』、わたしのなかで何が違ったんだろう。

まあ好みの問題か……。わたしの個人的な好みとして、監督の自我や思い入れや過去が作品に色濃く投影されているのがわかる作品が好きなんだよな。創作者のオブセッションが見たくて作品を見ているところがあるから。

もちろんプロフェッショナルの熟練された超絶技巧や作りこまれた世界観も楽しむんだけど、それだけじゃ物足りなく思っちゃうんだよね……。一個人の凝り固まったトラウマが作品に投影 and/or 昇華されるのが見たいのよ……。

でも、自分にとって思い入れの深い作品を受けとめる元気がないとき、『フリー・ガイ』みたいな作品にはいつも助けられる。コメディありアクションあり感動ありの完璧優良映画しか観れない時だってありますわな……。ありがたやありがたや。

自分的に一番好きなシーン、なぜかコーヒーショップのシーンなんだよな……。あそこ好き。元気がないときにまた観よう。

2024/09/07

映画『デリヴァランス -悪霊の家-』感想

疑問なんですけど、何故にネットフリックス制作のホラー映画はすべて似たような質感になるのかな?

均質なおもしろさ。観れないほどじゃないけど、あえて観る価値はない。観ているあいだはそれなりにおもしろいけど、観終わったあと何も残らない。平均点は確実に取るけれど高得点ではない。けっこうな有名俳優が出演していてもそうなんだよな。

ネットフリックスが作ったホラー映画はわりと観ているけど、どれもそんなかんじ。なぜそうなってしまうんだろう。制作工程にネットフリックス特有の特殊な事情があるのかな。制作期間が短いから世界観の作り込みができないとか……?

というわけで、暇つぶしにはなったけれど、すぐに忘れてしまいそうな映画でした。

でも、実話ベースとのことで、それはおもしろかったかな……。心霊現象なのか、母親の凶行なのかわからないようになっているところがおもしろかった。

内部から見たら狂った母親の虐待が、もしかしたら外から見たら心霊現象に見えるかもしれないよね。その逆もしかり。この映画のように、母親の虐待かと思ったら家の呪いだったというような。

子どもを壁に叩きつけたところとか、どっちだったんだろうね。その現場にいる者しか真実はわからない。あれは心霊現象だったかのような撮り方だったけど、事実は母親が酒に酔ってやったことかもしれないし。

子どもたちの奇行も虐待によるストレスなんじゃないかとわたしは思っていた。自分の糞を食ったり、不謹慎なことで笑ったり。次女の生理とか、母親の世話が足りていない証左だと思う。

実話のもとになった事件では、実際に子どもが壁を後ろ向きでのぼったらしい。これに関しては、虐待のストレスで片付けるには不可解だけど……。

途中で女牧師(牧師だよね?)の撮り方がわざと怪しく映るように撮ってたけど、思わせぶりな撮り方はネットフリックス映画の十八番なんだな。後半で別に怪しくなかったってわかるんだけど、わざと怪しげに撮っている。と思う。『終わらない終末』でもそうだった。

まあ、ネットフリックスが作る映画としては、こういうのが正解なんだろうな。休日にポップコーンでも食べながら観るのに最適な映画を量産する効率的なスタイルが確立しているんだろう。その恩恵に与っているんだから、文句は言えないよな。たしかに暇つぶしにはなるし。

毒にも薬にもならない映画が観たいときもありますわな……。今はそんな気分なので、わたしにとってはけっこう良い映画でした。暇つぶしになってくれてありがとう……。これからもホラー映画をたくさん作ってくれ。

2024/09/03

映画『エコール』感想

ずいぶん昔、季刊Sという雑誌を購読していたんです。イラストや映画、漫画なんかの「表現の総合誌」で、イラストレーターさんの作品が載っていたり監督や漫画家のインタビューがあったりする雑誌です。

2006年10月号にこの『エコール』の監督のインタビューが載っていたんです。映画の宣伝で人形作家さんとコラボしていて、写真もいっしょに載っていて。

季刊Sで覚えている記事といったら、この『エコール』くらいかもしれない。それくらいその写真に引きつけられたんですよね。ほんの数ページのインタビューだったんですが、写真で見た映画のシーンの情景がすごく良くて。

あれから18年……。満を持して観ました。おもしろかった。いや、意外なほどおもしろかった。

ベルギー、フランス、イギリス合作のこの映画、わたしが普段観ているアメリカ映画とはまったく違っていて、すごく新鮮だった。

派手なことは何も起こらない。事件もない。ただただ、静かに淡々と少女たちが画面に映される。

冷静になって「わたしは何を見せられているんだ?」となりそうなものなのに、あと一歩のバランスでそうならない。

とてもつまらなく感じそうな内容なのに、休憩も挟まず全編通して観ることができた。派手なアクション中でもつまらなければ映画を中断してショート動画をダラダラ観ることもたくさんあるわたしなのに……。

この映画を観終わった瞬間、まるで卵みたいな映画だな、と思いました。卵の殻の中をひとまわりしたような。光に透ける卵のなかで、漂いながら殻の中の世界を見ている。殻の外の光を垣間見ても、それはまた元の世界に戻っていく。

いや、よく考えてみると、卵というより羊水の中にいるような……。子宮の中でまどろんでいるような、そんな印象を受けた。

この映画の見所といったら、ひそやかなほのめかしを少し見せて、あとは少女たちが不器用に跳んだり跳ねたりしているだけなんです。なのになぜ、こんなに引きつけられるんだろう……。

不思議な映画だ。暗い雰囲気でもない、でも明るくもない、少女たちの素のままの姿をじっと目を凝らして映している、それだけの映画なのに、どうしてこんなに心に残るんだろう。

少女たちは饒舌ではない。囁くように声を交わし合い、光の中で遊び、教室でバレエのレッスンを受ける。たまに脱走者が出るけれど、ひそやかに葬られ、忘れ去られる。

ふたりの謎めいた女性、エヴァとエディスには秘密の香りが濃密に漂っている。いくらでも物語を想像できそうな余地がある。でもそれをつまびらかにするでもない。

ともすると、この映画を観ていた究極の目的は、スラリと伸びたビアンカの足を見るためだったのかもしれないと思ったりもする。少女たちが微笑み合い、水遊びをしている姿を見られただけで、満足感が胸に去来する。

少女たちの一瞬一瞬の姿を見ていると、原題の『イノセンス』という言葉が何度も頭に浮かぶ。イノセンスを失ったであろうエヴァとエディスとの対比で、それはさらに際立つ。

この映画についてなら、いくらでも語れそうな気がする。足を引きずるエディス、いつも悲しげなエヴァ、使用人の老婆たち。舞台を観劇に来ている客、外の世界、そもそもあの学校はなんなのか……。

でも、そういう謎よりも、わたしはブランコから落ちたビアンカの姿がずっとずっと心に残っている。

色とりどりのリボン、白い制服、三つ編みの少女たちの姿は、わたしの心の原風景のひとつになった。

いやはや、驚くほどいい映画だった……。

あさのあつこ『バッテリー』感想

ここ数日間、本当に『 バッテリー 』のことしか考えてなかった。一日に一冊、時に二冊読んでいて、さっきⅥの完結編を読み終わったのですが、この、行き場のない気持ちをどうすればいいのか、わからない。 感想ブログなんてものをしているわたしだけど、実は読んでも感想を書かない場合もあって。 ...